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2007年7月25日 (水)

とっとこ太郎自転車で帰ってくる

Img_7749 Img_7750 ただいま。

とっとこ太郎が学校から帰ってきた。

大学生の三年寝太郎は、早々に夏休み。

高校生のとっとこ太郎の学校は、まだ夏休みになってない。

理不尽なり。

それが、それが、

学校の最寄り駅に

借りている駐輪場に預けて帰ってくる筈の自転車が

家の前に置いてある。

WHY????

学校で放送があったんだって・・・・・・。

JRが動いていない・・・って。

えー???

だって・・・母は桃を買いに行っていたものの、山から下山して山中渓駅からJRの電車に乗って帰ってきたのに・・・うそー。

・・・・・・・・・

子供達が電車で通学するようになってから、はじめて「人身事故」って言葉を知りました。

聞くところによると、ちょこちょこ電車が止まるって・・・・・。

マタなのかしら・・・・。

本人はいいよね、楽になれて。

でもね、残されたものの心が砕けてしまうような、心を搾り出すような苦しさ。

お前に分かるかい・・・・ごもっとも。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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コメント

本人はいいよね、楽になれて・・・
本当にそうかしら その道を選ぶまでの苦悩とか 
せまりくる電車を前にした時 どれほどの恐怖だったかとか
突然そんな形で肉親を失ったものとしては
こんな 簡単な一言で表現されてしまうのは つらいです。
もちろん 関係の無い多くの方たちに迷惑をかけてしまったことは申し訳なく思っていますが・・・

投稿: お蝶婦人 | 2007年7月25日 (水) 17:56

お蝶婦人へ     デナリ

こんにちは。
お蝶婦人は、私の知っているお蝶婦人ですか?
お蝶婦人のお父様がそうだったなんて、私は知りませんでした。

そうだったにしても、
そうでないにしても、
私からのコメントは一緒です。

私の書いた文章に対して、感じられたんですね。

私は、この文に関しては・・・私自身にいってます。

お蝶婦人さんは、死んでしまうかもしれないと自分の死を感じたこと無いですか?
あったにしても、無いにしても、貴女は幸せです。
今、こうして生きているんですから。

私は、幸せです。
だって、今生きているからです。

脳天気に、気楽そうにしていそうに、見えるけれど・・・
私は、自分の死を感じたことがあります。
何故、今も、生きていたのかは、書きませんが死のうとしてた時期が確かにありました。
その頃の自分に言ったつもりです。

残される家族の恐怖も感じたことがあります。
自慢げに話す事も何もありませんが、
本当に若かった頃、家業が倒産して、父が絶望の中懸命に生きてきた姿を知っています。
生命保険で死亡給付金で返済するようなことは、考えていたかどうだか知りませんが、父が「普通の神経で生きていたら、とうの昔に、自殺していた」と、昔のその頃の事を、語ったのを大人になって聞いたとき・・やっぱり死にたいと思うこともあったんだと再認識しました。
父は、その後胃癌になって、辛い闘病生活の中死にましたが
病を宣告された時も自殺するんではないかと不安に思いました。
それもつらいものがありました。

私は、訳あって父の死に目に会えていません。

生きてくと言うのは、そういうことだと思って、生きています。
人の生き死には、そう言うものだと思っています。
誰にも辛いことや、苦しかったことはあるのです。
死人に鞭打ったつもりはありません。

あの頃の「死のう」と考えていた私に、「残された母はどうなる」そう言って今の私が自分に叱咤したつもりだよ。

私は「死んでしまってもいいと思っていた事がある」なんて、人に言ったことも無い。
「自分の父が死んでしまうんではないかと不安に思った事」なんてこと,誰にも言わないが、奥歯で歯をくいしばっている私がここにいます。

投稿: お蝶婦人へ | 2007年7月25日 (水) 18:45

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