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2008年1月10日 (木)

長州ファイブ

Img_0089 Img_0087 Img_0088宿からバスで、イルミネーション見に連れってくれた。

萩駅舎の前の蒼いツリーは

夜の闇に美しかった。

その横に、長州ファイブの展示している建物があると聞いた。

そこで、初めて長州ファイブと言う言葉を聞いた。

ほんと、何のことか分かる?

・・・・・・・デナリの第一声・・・・・

F4(エフフォー)かよ~なんじゃこりゃ?

F4って分かる?

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

きゃ~。まるでお馬鹿。

しかし、似たようなものであった。

写真のお兄ちゃん達が長州ファイブと称されるメンツであった。

誰が誰か分かる?

写真は、萩博物館でふざけて買った長州ファイブの写真のついたクリアファイル。

萩博物館蔵の写真。

1863年文久3年ロンドンで撮影された。

英国に密航留学した長州出身の5人の若者たちを、長州ファイブと言うんだが

井上馨・・・・・初代外務大臣

伊藤博文・・・・・初代内閣総理大臣

井上勝・・・・鉄道庁長官(鉄道の父)

遠藤謹介・・・造幣局長となる

山尾庸三・・・工部卿(工業の父)

江戸時代初頭に日本人の海外渡航が禁じられて以来、国禁を破って密航したのはこの5人が最初です。5人が英国に渡った当時の日本は欧米列強からの開国の要求にどう応じるかで大きく揺れ動いていました。長州藩の首脳陣は、尊皇攘夷派が下関海峡を通過する外国船を打ち払うなか、「将来西洋諸国と互角に渡り合うためには、西洋の知識や技術を身につけた人材が必要だと考えます。そして5人にそのさきがけになってほしいと、横浜から密かに英国へ送り出しました。この事はただ長州藩のためだけでなく、結果的には日本の近代化に大きく貢献する事になったのです。パンフレットより

何だかあんまり興味そそらないんだけれど・・・この真面目な顔してカッコつけて写真取っている姿と

このネーミングがおかしくて・・・・立ち止まってしまいました。

どっちかって言うと・・・私は

エフフォーだな、だな。

道明寺司

花沢類

西門総二郎

美作あきら

お前は何を言っているんだと・・・・言われそう?

・・・・・・・・・・

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コメント

こんばんは。
長州ファイブとは初めて聞きました。井上・伊藤は知っていましたが他の三人は知りませんでした。みんな勇敢な男達だったのでしょうね。井上・伊藤は長州藩の危機の時に日本へ帰って来たので、後の明治維新で活躍できたのでしょう。

投稿: シゲ | 2008年1月10日 (木) 17:48

シゲ様へ   デナリ

こんばんは。
私もです。
長州ファイブで、2人はあまりに有名ですが
3人は、知らないです。

松蔭は運悪かったのか・・・はたまた、要領悪かったのか・・・時代を先取りしすぎたからか・・・。
松蔭に、外国行かせてあげて欲しかったな~。

ファイブ・・・みんなで行っちゃえば怖くないし寂しくない。
男もつるんだ方が良かったのかもしれませんね。

投稿: シゲ様へ | 2008年1月10日 (木) 23:38

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