熊野古道 小雲取越 茶屋跡
熊野参詣 道中辺路の派生ルート「大雲取」「小雲取」沿道には、茶店などの跡が数多く遺されており、「松畑茶屋跡」もその一つである。現在も、広い平坦地に高い石段を積んだ屋敷跡が二段にあり、墓地の跡もある。
元文4年(1739)の「熊野めぐり」には「松畑茶屋とて四五軒も有」と記されている。
また、延享4年(1747)の「三熊野参詣道中日記」には、灘五という者が、10年前に松畑茶屋を訪れた際に、茶屋の子に名前をつけてやったことを思い出し、その子の安否を尋ね、今では十一歳の美しい少年になっていたというエピソードが書きとめられている。
田辺市教育委員会
大雲取越 小雲取越は、それぞれ厳しい山越えのため、食料や品物を販売したり、宿泊できる茶店や旅籠がたくさんありました。
この平坦地は、石堂茶屋があったところです。
元文4年(1739)の「熊野めぐり」には「石堂峠」として、茶店が2軒あり旅客を泊めていたとあります。
また、寛政10年(1798)の「熊野詣紀行」では「さハのたわ茶屋」とよんでいます。
寛永元年(1848)の「西国三十三所名所図会」には「石砥茶屋」とあり、山中から砥石がとれたため名づけられたと記されています。
北側には水場、西方には茶店の人々の墓石も残っており、往時の生活が偲ぶ事ができます。
平成19年6月
新宮市教育委員会
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おかしいね・・文責において・・教育委員会が違うんだよ。
どうでもいいけれど。
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想像してみてん、たくさんの人が行き交い、多くの人が働き・・・・
切り取ったその景色の中に、大勢の老若男女が生きていた姿を書き込んだら、
その時代に生まれて生きた自分がいたような気がした。
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染まりやすい奴だ。
その時代、
私は何をしていたんだろう。
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